基地ログ!@ブログ名、変えました!

小さい頃から考えてた基地作り。アメリカで始めました!セカイに作る基地の活動ログ。

空が落ちる 〜 ドラマへようこそ!

アメリカの新しい大統領、トランプ氏への抗議デモが各地で起こっている。

先週の日曜日のロサンゼルスのダウンタウンでのデモも凄かった。

でも、私は行かなかった。いや、行けなかった。

 

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(Smoky Hallowのフォトスタジオの壁) 

 

行かなかった。やることがあったから。

いや、正確には、やることがなくても、行けなかった。

それは、100%、あの日を思い出してしまうトリガーになるからだ。

 

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(1985年5月1日から6月4日に日本に戻るまでをメモしたノート) 

 

 

1985年5月1日。

メーデーのデモ隊が、私とパトが住んでいたアパートの横、

新聞街のBucareli 通りを行進していた。

Morelos 通りとBucareli 通りの角にあるアパートの入り口で、

私に追い出されたパトは、自分の荷物を持って、タクシーを待っていた。

 

事件は、その場から始まった。

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(マンハッタンビーチの桟橋) 

 

ブログを始めるために。

新しいビジネスを始めるために。

ウエブサイトを作るために。

自分史のアドバイザーになったから。

プロフィールが必要だから。

 

私が、自分史を書かなければならない理由はいくつもある。

 

それなのに、書けなかった理由は、この1985年5月1日。

 

それは、思い出すのが辛い作業で。

 

 せっかく、日本を出るまでを一挙に今日書けたのに、

ここで、もう一時間も止まってる。

 

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(フリーウエイ110と105のジャンクション@ロサンゼルス) 

 

 事実だけを述べるなら、

このデモに巻き込まれて、パトは逮捕されてしまった。

当時、パトの生まれた国チリは、ピノチェットの独裁軍事政権で、

美術の教師の父のいるパトの一家は、メキシコに亡命した。

不当逮捕されたパトの身柄は、留置所に拘束された。

 その同じ留置所に、そのあと、私も入ることになる。

テポストランという、シティから一時間ほどの村で、

全く違う事件に巻き込まれ、パスポート不所持ということで、留置所に入れられた。

そして、同じ場所で捕まった知人に、パトが同じ場所にいることを聞かされた。

 

結果、私は、日本大使館に助けを求めに行った知人に助けられ、

3日で留置所を出る。

 

パトは、カナダへ難民として、国外追放されたと聞く。

 もう30年以上も前のこと。

それっきり会ってない。

 

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どこだか忘れた、この写真。

私が、テポストランで私服警官に、パスポート不携帯で捕まり、

そのテポストランから、近くの大きな町、クエルナバカに移され、

そのあと、メキシコシティに、パトカーで向かっている時の空に似てる。

 

空が落ちるなんて、誰も考えない。

全く予期せぬことが起きる。

天から不幸が落ちてくる。

 

空が落ち、

突然、立っていた地面が揺れ、

天地がひっくり返り、

何もかもが信じられなくなる。

 

 それまで、毎日、挨拶していた近所のポリス、

近くの新聞社で働いているセキュリティガード、

制服を着た人たちが、みんな敵に見え始める。

 

 パトが逮捕されて、その居場所を探している時に、

私は同じ言葉を、スペイン語で、何十回と繰り返した。

 おかげで、その後、久しぶりに会った友達に、

スペイン語、うまくなったね、と言われる。

 

必要があれば、コミュニケーション能力は磨かれる。

冷静に状況を説明しようと試みるが、

途中から感情が抑えきれなくなって、

終いには、相手に怒鳴っているなんてことも多々あった。

 

まるでお芝居のようなシチュエーションの中で、

私は、見事に昼メロの女優だった。

あんだけの感情を込めて、しゃべり続けたことは、

後にも先にも、あの時しかない。

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( Smoky Hallowの壁)

 

一旦、探すのをパトの家族に任せ、自分の生活に戻ろうとした。

ちょうど、テポストランという村で、まりこさんが出産したところだった。

手伝いに行くために、私はシティを離れる。

 

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(ティファナ近くの魚市場) 

 

日曜日、テポストランの町の中心に立つ市場は、観光客や地元の人たちで賑わう。

 

テポストランには、多くの外国人が住んでいて、

その中には、この中心地で、レストランなどのビジネスをしている人もいる。

 

CAFE LUNAもそのひとつで、

スイス人の女性が経営している、外国人の居住者たちに人気のカフェだ。

 

その日、まりこさんに頼まれた買い物の途中で、

私は、LUNAで昼食を取る。

 

食事を終えて、コーヒーを飲んでいる時、

にわかに入り口付近が騒々しくなった。

 

人混みを抜けて、

ひとりの小太りのメキシコ人の男が、こちらに歩いてくる。

 

「Pasaporte, por favor. パスポートを見せてください」

は? 持ってきてないよ、買い物だけなのに。

「では、こちらに」

男は、私の他、周りにいた外国人たちを、表に停めてあるバンへと連行した。

 

多くの友達が同じ時に捕まり、何人かは、実際、自分の国へ送られた。

あとでわかったことだが、

この事件は、CAFEのオーナーとローカルの実力者の間での諍いが元で

テポストランにいる外国人を占めだそうとしたその男が、

クエルナバカの警察に、

不法滞在の外国人がいると通報して起こったことだったらしい。

 

空が落ちて、

私の世界は、怖いものだらけになった。

 

留置所の部屋、一晩中つきっぱなしの裸電球の下で、

Welcome to Mexico、これからがお楽しみ、と誰かがつぶやいた気がした。